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仙台高等裁判所 昭和48年(う)7号 決定 1973年3月30日

被告人 茄子川幹人

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高橋治名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

控訴趣意(不法に公訴を受理した違法があるとの主張)について。

本件控訴の趣意は、これを要するに、原審は被告人に対する道路交通法違反(駐車違反)被告事件について、適法な公訴の提起あつたものと認め、実体審理のうえ被告人を罰金四、〇〇〇円に処する旨の判決をなした。しかし、本件駐車違反の事実は反則者の反則行為に当り、適法な通告を経なければ公訴を提起できないところ、本件における告知および通告は違憲無効のもので、適法な通告を欠いているから本件公訴は棄却さるべきであつた。すなわち、反則行為処理手続は、本来刑事制裁の対象となるべき犯罪について、違反者がその手続に従う旨の意思を表示し反則金を納付した場合には公訴を提起し得ないという効果を生ぜしめる行政的手続であるが、違反者がその手続によることを拒否すれば原則として刑事制裁の対象とされる点において、違反者は潜在的には被疑者の地位に置かれており、したがつてかかる違反者につき反則行為処理手続を行う場合にも、被疑者として憲法および刑事訴訟法による適正手続の保障がなされなければならない。しかるに、道路交通法一二六条四項は司法警察職員でなく犯罪捜査権限のない交通巡視員に対し駐停車違反等の事件につき反則者に対する告知および警察本部長に対する報告権限を規定し、宮城県警察交通巡視員活動要綱八条はこれを受けて、駐車違反を現認したが運転者が現在しない場合には違反の状況を記録し違反車両を確認のうえ「かぎつきステツカー」または「呼出状」により後刻警察署または派出所へ出頭を求め、違反者を確認して交通反則切符を作成し告知する、と定めており、右の告知が被疑者の出頭を求め取り調べを行う犯罪捜査行為を含むことは極めて明白であるところ、司法警察職員でない交通巡視員が捜査に関与して被疑者の出頭を求めたり取り調べをしたりすることのできないことは明らかであるから、交通巡視員に告知の権限を付与した道路交通法一二六条四項は憲法三一条に違反し無効の規定である。また仮に道路交通法の右法条が違憲でないとしても捜査権限がない交通巡視員において告知できる場合は駐車違反を行つた運転者が現場におり、違反事実が明白で違反者もその事実を認め、反則行為処理手続による処理のなされることを承認したときに限るものと解すべく、右法条をもつて宮城県警察交通巡視員活動要綱八条のように、違反者に対し出頭を求めたり、違反者を確認したりする権限をも交通巡視員に認めたものと解釈することは憲法三一条に違反する。ところで本件においては仙台北警察署所属交通巡視員堀越秀子が被告人の駐車違反の事実を現認したが、被告人がその場にいなかつたので、被告人を同署に呼び出すとともに同署長宛の道路交通法違反現認、認知報告書を作成し、同署の交通巡視員西条美江が出頭した被告人から事情をきき供述書を作成したのであつて、これらの呼び出しおよび事情の聴取と供述書の作成が捜査権限のない者による捜査行為であることは明らかであり、この違法な取り調べにもとづき宮城県警察本部長が昭和四七年四月一日付をもつてなした被告人に対する反則金納付の通告もまた無効といわなければならない。したがつて本件は適法な通告を欠き訴訟条件を具備しないものであり不適法として公訴棄却の判決がなさるべきであつたのに、原審は実体審理を行い被告人有罪の判決を言渡したのであつて、原判決には不法に公訴を受理した違法があり、破棄されるべきである、というにある。

よつて判断するに、道路交通法は一二六条四項において、同法一一四条の三、一項に規定する交通巡視員に対し、駐停車違反に当る行為をした反則者を認めるとき、その者に対しすみやかに反則行為となるべき事実の要旨および当該反則行為が属する反則行為の種別ならびにその者が反則金納付通告を受けるための出頭の期日および場所を書面で告知する権限と同告知をした場合その事実を警察本部長に報告する義務を規定し、宮城県警察本部長が昭和四五年一一月一三日付をもつて同県下の各警察署等に対し、交通巡視員制度の趣旨および目的を説示するため「宮城県警察巡視員活動要綱」を定めてこれを通達し、同要綱八条別表3において道路交通法一二六条四項にもとづく告知の具体的指針が定められ、駐車違反車両を現認したが運転者が現在しない場合には、違反の状況を記録し、違反車両を確認のうえ、「かぎつきステツカー」または「呼出状」により後刻警察署または派出所へ出頭を求め、違反者を確認して交通反則切符を作成し、告知する、と規定していることは、右法律および通達に照らし明らかである。また原審記録によると、被告人は昭和四七年三月六日午前一〇時過ぎころ、宮城県公安委員会において駐車禁止の場所と指定した仙台市柏木町一丁目一番四三号先道路に、普通乗用自動車を駐車させていたところ、巡視中の仙台北警察署所属の交通巡視員堀越秀子がこれを現認したが、運転者である被告人がその場にいなかつたため、同巡視員において前記要綱にもとづき違反の状況を記載した呼出状をワイパーにはさんで被告人に仙台北警察署への出頭を求め、被告人においてこれに応じ同日同署に出頭したが、堀越巡視員不在のため、同署の他の交通巡視員西条美江が被告人と面接して事情を聞き、被告人が当該反則者であることを確認のうえ、反則告知書を作成しこれを被告人に交付して道路交通法一二六条四項、一項に定める告知をし、被告人が所定の期間内に告知された反則金を仮納付しなかつたので、宮城県警察本部長が昭和四七年四月一四日付の反則金納付通告書を被告人に送付して同法一二七条に規定する通告をし、同通知書は同月一七日被告人に到達したが、被告人は所定の日時までに右反則金を納付しなかつたことが認められる。

ところで交通巡視員は歩行者の通行の安全の確保、停車または駐車の規制の励行および道路における交通の安全と円滑に係るその他の指導に関する事務を取扱うため道路交通法一一四条の三により設けられた警察職員で、警察官ではなく、刑事訴訟法上の司法警察職員としての犯罪捜査の権限を有しないこと所論のとおりであり、また反則行為も道路交通法第八章に定める罪にあたる行為であるから、それが犯罪であることはいうまでもなく、したがつて警察官が反則行為とその違反者を明確にし証拠を収集保全する行為が犯罪捜査の一面を有することは明らかであるが、交通反則制度は道路交通法違反の各罪のうち特に軽微なものにつき、刑事手続の前駆手続として違反者が通告にしたがい制裁金の性質をもつ定額の反則金を納付した場合には刑罰権の発動がなされなくなるという効果を生ぜしめる一種の行政的手続を定めたものであつて、反則行為であることが特段の捜査をするまでもなく直ちに現認できる駐停車違反については、犯罪捜査の面を切り放し、右の行政手続のみを犯罪捜査権限のない警察職員に行なわせることが可能であり、したがつてこの趣旨のもとに交通巡視員に対し駐停車違反の反則行為につき通告の前提手続をなす告知の権限を定めた道路交通法一二六条四項には所論のような違憲は存しない。また駐停車違反を交通巡視員が現認した場合、その運転者が現在すればその場で反則行為となるべき事実等所定の事項を告げて告知できることはいうまでもないが、運転者が現在しない場合でも前示の行政的手続を実施するための所為として適当な方法で違反者に任意な出頭を求め、犯罪捜査と関係なく反則者と反則事実を確認のうえ告知を行うことは可能であつて、原審記録によると本件においても交通巡視員堀越秀子、同西条美江は同人らに犯罪捜査権限のないことを認識し、行政的手続の一環としての告知に必要な範囲において被告人に出頭を求め、また事情を聴取したことが認められ、このように行政的手続にのみ関与させる趣旨のもとに交通巡視員の職務を定めたものと解せられる宮城県交通巡視活動要綱およびこれに従つた右各巡視員の所為に所論のような違憲はない。以上のとおり本件につき被告人に対してなされた反則行為等の告知は有効でこれにもとづいてなされた反則金納付の通告にも瑕疵はなく、そして被告人において右通告にかかる反則金を納付しなかつたこと前示のとおりである以上、本件公訴は適法に提起されたものというべく、原判決には所論の如き違法は認められない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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